『「気が利く」とはどういうことか』書評-気が利きすぎて疲れる私がたどり着いた「割り切り」の極意-

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はじめに

私は自らを気の利くタイプだと思っていない。ただ、他者に気を使っているだけである。とにかく、相手を不快にさせないことを目的としたコミュニケーションを展開している。そこに、面白さだとか仲良くなるだとかそういったことは入っていない。そこは犠牲にしている。

そもそも気が利くとはどういったことなのだろうか。疑問に感じた。そんな中、ふらっと書店に入った時に目にとびこんできたのが唐沢かおり著『「気が利く」とはどういうことか-対人関係の心理学』筑摩書房だった。

私はよくコミュニケーションに苦手意識というか、自分を出せない。楽しめない。相手のためを思ってやっていることが逆にうっとうしがられ、キレられる。といったことをよく経験してきた。なぜだろう。何がずれているのだろうか?と考え続けてきた。

この本は「私のこの悩みを解決してくれるのだろうか?」と縋る思いで本書を購入した。

本記事は自らの気遣い性格に疲弊した私がどうすればいいかを悩んで苦しみ、それを活用する術を見つけるまでを描いたエッセイといっていいであろう。

とまあ、ここまで書いてきて今更だが、執筆者である私の紹介をしよう。

こちらが私のプロフィールである。

冬栞 HuyuShiori

日本美術史で修士号を取得。専門は江戸時代水墨画。学芸員資格と準デジタルアーキビストの資格を取得している。
適応障害を抱えるも現在は倉庫作業のパートとしてギリギリの生活をしている。趣味はWebサイト運営や記事の作成。日々、記事のネタになることはないかを考えている。

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ところで、世間でいう「気が利くこと」とは賞賛されるものであるらしい。

であるならば、なぜ私はそれで評価されないのだろうか。気を遣い相手のためを思い、先手先手で相手が求めているものが何なのかを察して行動している。充分、「気が利く」行動をしていると思っている。しかし、それは「気が利く」とは言わないのだろうか?なぜ、評価されないどころか、怒られるのだろうか?と頭の中でグルグルと考えが巡ってしまう。

そこで、私は、まず、「気が利く」と「気を遣う」の差異について調査する。

その後、人間関係への好影響を及ぼすための活かし方を自分なりに考えてみる。(自分事にするまで言語化し、活用すること。)それから、その結果をまとめてみることとする。

皆様からは「これでは書評ではない!」という批判があることは承知している。

しかし、新書で主張されているような学術系の内容は実践しなければ意味がないと思うのだ。特に本書のような心理学の本はその傾向が強いと考えられる。

1.「気が利く」と「気を遣う」の違いとは

さて、これらの慣用句の差異について考えるために、まずは辞典をひいてみよう。

き【気】 が 利(き)

  1. 物事をするのに、細かなところまでよく気がつく、心が行きとどく、気転がきく。
    1. [初出の実例]「機のきいたる男は、上の人に負まじと機をきいて馳廻(はしりまわり)」(出典甲陽軍鑑(17C初)品一四)
  2.  しゃれている。いきである。おつである。
    1. [初出の実例]「『あのかかアは江戸ものよ』『どふりで気(キ)がきいてらア』」(出典:滑稽本東海道中膝栗毛(1802‐09)初)
  3.  こなまいきである。
    1. [初出の実例]「大坂にて、きのきいた、江戸にて、きいたふう」(出典:大阪江戸風流ことば合せ(1830‐44))
精選版 日本国語大辞典 https://kotobank.jp/word/%E6%B0%97%E3%81%8C%E5%88%A9%E3%81%8F-471847#goog_rewarded

つか・う

気を配る」に同じ。

デジタル大辞泉https://kotobank.jp/word/%E6%B0%97%E3%82%92%E9%81%A3%E3%81%86-3227653

き【気】 を 配(くば)

  1. 注意を向ける。気をつける。気を使う。
    1. [初出の実例]「小女郎は跡先しらず、惣七にひっそふて二人のめもとに気をくばる」(出典:浄瑠璃・博多小女郎波枕(1718)長者経)
精選版 日本国語大辞典https://kotobank.jp/word/%E6%B0%97%E3%82%92%E9%85%8D%E3%82%8B-471906#E3.83.87.E3.82.B8.E3.82.BF.E3.83.AB.E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.B3.89

これで大体の輪郭は捉えられる。「気が利く」とは気付くことである。人間関係に限らず、細かな部分を注意深く見ることである。

「気を遣う」は注意を向けるということである。

つまり、「気が利く」は他者評価であり、「気を遣う」は自己評価である。目線が他者なのか自分なのかで言葉が変化するのである。

ところで、他者について考える方法について心理学においては大きく2つに分類されるらしい。(本書にて記述あり。)

ひとつは理論説といい、とある属性をステレオタイプにあてはめることで他者の心情を推測するというもの。


対する一つがシミュレーション説。これは、自分のこれまでの経験から、他者の気持ちを推し量るというもの。

これらを踏まえ、次章では具体的に人間関係を円滑にする方法を考えてみることとする。

2.「気が利く」の実践方法を考える

では、気が利く人を目指すにはどうすればいいのか?

私なりに考えてみる。

まずは相手のことを考えた行動をしてみよう。当たり前だけれどもどこまで本当に相手にとってしてほしい行動なのかを考えないといけない。

自分がよかれと思ってやったことであっても嫌がられることは多々あると思う。だから、「気が利く人」になるには自分中心ではなく相手中心にならなければならない。

それが難しい。そもそも相手のことを本当に理解することなど不可能だ。でも、だからこそ努力して他者を理解しようとすることが大事だ。

そのためには、相手に興味を持つことからはじめるしかない。多分、それが私には欠けている部分なのかもしれない。

人と親しくなることが苦手なのだ。

結局、ビジネスライクというか表面的な対応しかしてない。表面的には気の利いた行動をしているのかもしれない。でも、それはただの常識というか、ビジネスマナーとしての「気が利く」しか出来ていないと思う。プライベートにおいて親密になるための「気が利く」行動は出来ていない。そして、それはこれからも出来そうにない。

相手とわかり合うことは出来ないし、無理だと思うから、相手と本気でぶつかり合うことが出来ない。それが友達が出来ない、恋人が出来ない理由なのだと思う。

3.他者と自分は違うという理解をする

これまで、相手中心でモノゴトを考えることが気が利くという行為の始まりだと唱えた。

そこで大事なのは自分と他人が違う人間だと捉える必要がある。

世の中にはウチとソトという概念がある。

そのなかでウチの中に相手が入ってくると、相手を自分の延長として捉えてしまうようになる。そうすると、結束館が強まり、勝手に相手は自分からされることはうれしいと感じるようになってしまう。

だからこそ、組織内での人間関係はそれぞれが独立した人間であることを理解する必要がある。

考えはそれぞれ違うことを理解すると、とっさに気の利いた行動が出来るようになる。それがビジネスライクやビジネスマナーだ。

つまりは、「気が利く」というのをビジネスマンとしての「気が利く」を求めるのかプライベートで「気が利く」を求めるのかで変わってくるのだと思う。

その件、私はビジネスとしての「気が利く」は実践できている気がする。ただ、プライベートで「気が利く」は出来ていないのだ。

前章で述べたとおり、私はプライベートで仲良くすることが苦手であると思う。そして、それは変わらないんだろう。

それを変えていくことがこれからの私の目標だと思う。プライベートで充実するため、人と親しくするための「気が利く人」を目指していきたい。

ここまで書いてきて思ったことがある。それは「気が利く」と「見て覚えろ」という教育は似た構造だということである。

「見て覚えろ」はまず、相手を観察することから始まる。何をしているか、何をすればいいのか、相手が心地よいと思うタイミングでサポートをする。といったことはまさに「気が利く」行為に他ならない。つまりは「気が利く」は「察する」ことと同じなのだ。

4.「気が利く人」になるために-実践編-

さて、ここからは私が実際に「気が利く人」を目指して実践してみて感じたことを綴る。

実践にあたり、2章において記述した「相手のことを考えた行動をしよう」を行動にうつそうと考えた。では、具体的に何をすればいいのだろうか。そこで、私はまず正確に観察することから始めてみようと考えた。

しかし、すぐに一つの限界に突き当たった。

観察しても、分からないことは分からなかったのだ。

例えば、挨拶をしても返してくれない人のこと。

その人の立場になって

冬栞   HuyuShiori
冬栞 HuyuShiori

私がどんくさいから?

関わりがないから?

仕事の物覚えが悪いから?

話しかけづらいのかな?

怖がられてる?

とシミュレーション説や理論説をこねくり回して考えても、どうしようもなかった。

全てを相手基準に合わせようとしたら、私の心が耐えられないと気付いたのだ。これでは意味がない。

「気が利く」とは、自分が傷ついてまで相手に奉仕することではないはずだ。あくまで自他ともに気持ちの良いコミュニケーションのための技術である。であるならば、私はもっと「自己中心」になるべきだ。

割り切るところは割り切るしかない。 挨拶だけは自分からする。けれど、返ってこなくとも一切気にしない。きっと、ただ合わないだけなのだ。

相手を正確に観察する(見て覚える)ということは、相手に尽くすためだけにあるのではない。「この人とはこれ以上の深いコミュニケーションは必要ない」と、自分を守るために割り切る(正確な境界線を引く)ためにも必要なプロセスだったのだ。

それが本書を読んでみて、実際に「気が利く人」を目指して行動した私の感想と実感だ。本書は、私のように『気遣いに疲れた人』の心を解きほぐし、次の一歩を踏み出すヒントをくれる一冊だ。もし同じ悩みを抱えているなら、ぜひ手に取ってみてほしい。

本書をオススメしたい人

  • 気が利く人になるにはどうすればいいのか知りたい人
  • 気が利く人は本当に良いことなのかを知りたい人
  • 人間関係に悩んでいる人
  • 心理学について学びたい人

オススメ図書はこちら

唐沢かおり『「気が利く」とはどういうことか-対人関係の心理学-』筑摩書房,2025年

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