はじめに
わたしは日本美術史学を専門に研究を行ってきました。それをビジネスの分野に活かすと言うことをこれまではあまり考えてきませんでした。
しかし、社会に対して何かインパクトというか、価値を与えるためにはやはり、学問という物をビジネスに翻訳するということも必要なのではないかと思ったのです。
ここから語るのはわたしの個人的なビジネスとしての学問です。
その前にわたしのことを知らない方もいらっしゃるでしょうから、自己紹介をしますね。
この記事を書いたのはこの人です👇
学問は役に立つモノ?
美術史学、ひいては歴史学を資本主義社会に取り入れていけばいいのでしょうか。歴史のビジネスでの活かし方が分からないという人はたくさんいるでしょう。虚学とよばれ馬鹿にされることも多いでしょう。わたしもそうです。社会に出ると歴史なんて意味ないと言われてきました。
それより、理系分野の方が潰しはきくというように言われてきました。わたしは理系分野にはどうにも興味がわきませんでした。自然を相手にするより、人間を相手にした学問のほうが面白かったからです。なんで?と聞かれても好きだったからとしか言語化は出来ないです。だから、駄目なのでしょうが。
言語化力が社会では尊ばれるのです。それなら、

そういった学問をやっているなら言語化能力は高いんじゃないの?
と思われるでしょう。発表や講演など学問をやっているならその場面はやってきます。それが苦手でした。研究するのは好きでしたがそれを自分の言葉として口から出すことが苦手でした。
考えてから話すので、ワンテンポおくれてしまうのです。もちろん、準備していけば話すことは出来ますが、それで面白いと思ってもらえる話は出来なかったのです。
発表を聞いている人を参加させるということが出来ませんでした。
仕事ではこの顧客のためにどこまで出来るか、求められていることを実現させるにはどうすればいいかを共に考えることが大切です。それが、どうにも出来なかったのです。なぜなら、対人ストレスが溜まりやすい性格だったからです。これでは能力があっても続きません。
あっ!自分語りばかりになりましたね。次章から、この美術史学や歴史学をビジネスに活かす方法を自分なりに咀嚼して話していきます。皆さんの意見も聞きたいのでコメントをお願いします。
学問とビジネスの接点を考える。
当時、わたしは美術史学の仕事への活かし方を考えても全く分からなかったんです。情けない限りですが……。
出来ることといえば、絵画を見て解説する。価値を語る。意味を語る。くらい。
社会人になってからは不要だと切り捨ててきました。涙が止まりませんでした。
実際、馬鹿にされることも多かったから。そんなこと意味がないとまで言われた。
というか美術史学という学問自体、認知されていなかったのです。社内の方や顧客の方とお話する機会がありまして、しばらく会話しました。そこで、学生時代の話題が出たので、美術史学のこを話したのです。すると帰ってきた言葉は

何それ?
でした。だから、

美術の歴史です
と答えると

ふ~ん
で終わる。皆、興味がない話題のようだ。古くさいなぁと思われているのだろう。
しかし、美術史学はビジネスにも応用できるのでは?とわたしは思う。価値を生み出す。ということに使えるのだ。
そう聞くとうさんくせえと思うだろう。わたしもそう思う。
snsやnoteで価値創造クリエイターとか言ってる人を見ると吐き気がする。まあ、詐欺師としか思えない。
それはなぜだろうか。わたしたちがわかりやすさに扇動されることを分かっているからだ。なにか分かりやすい物語を提示されるとそれを盲信し、考えることをやめる。それはプロパガンダだ。カルト宗教のやりかたに他ならない。それをわたしたち現代人は二度の世界大戦で嫌というほど思い知った。ナチスしかり、当時の日本しかり、わかりやすさは暴力につながる。
でも、これをうまく利用するのだ。
正しく利用する。もともと、価値があるはずなのに誰も注目していないモノを見つけ出し、それに価値をつける。一見、古くさいというものでもそこに物語やそれを作り出した職人の思いに着目し、根気強く伝えること。それがブランドになるのだ。
そもそもガラクタに価値をつけるということは難しい。しかし、それに歴史的文脈が加わると価値を持つ。わびさびを代表する茶器などはそれだ。
素朴さ、いびつさ
これをありがたがるのはそれに禅宗的な価値、つまり、宗教的シンボルが結びついたからである。このように価値は後付けできる。
なら、どうするか。探し出すのだ。面白いモノを。埋もれているモノを探し出す。
それに価値を見いだす。とどのつまり、これは、マーケティング用語でいう“ブランディング”である。
ということはだ。
美術史学、歴史学という学問を学ぶ価値は構造の把握、物語の運用、世間への強い影響力の与え方を知ることにあったのだ。
学問を実利主義で使用すること、それをわたしは嫌ってきた。しかし、社会で生きている以上そのルールの中で自分の知識をどうやって使いこなすのかということを考えた結果であった。


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