日本美術という「生存戦略」:システムの外へ、血の通った言葉を
かつて私は、印刷室の冷たい空気の中にいました。 主役はいつも、ドイツ製の巨大な機械「ハイデルベルク」。 精密な鉄の塊が完璧なリズムで「正解」を叩き出す傍らで、私はその速度に追いつけず、静かに自分の輪郭を削り取られていきました。
分刻みの納期、張り詰めた人間関係。 「もっとできることがあるはずだ」という幼い背伸びと、単調な繰り返しへの溜息。 場所を変えれば何かが変わると信じて踏み出した先で、私は初めて自分の限界を知り、心身のバランスを崩して立ち止まってしまいました。
社会という厳しい「型」に、私という柔らかな紙はどうしても合わなかったのです。
現場を離れ、立ち止まっていた今の私が出会ったのは、中島りも氏が運営するYouTubeチャンネル『セリフと演出から読み解く機動戦士ガンダム解説』でした。
そこで解き明かされる、制約だらけの現場から異形な表現を生み出す生存戦略。それは、かつて現場で独り立ち往生していた私にとって、もっとも欲しかった「答え」のように響きました。あの時の私の苦しみは、単なる挫折ではなく、システムと個人の衝突だったのだと、今になってようやく理解できたのです。
公的な肩書きや、立派な資格があるわけではありません。 でも、ハイデルベルクの横で震えていた私だからこそ、見つけられる美しさがある。 システムの綻びをそっと「検品」するように、私は自分の言葉で、歴史という名の戦友たちを綴り始めました。
今、記事を書く指先には、確かな温度が宿っています。 これは、システムに打ち抜かれそうになった私が、自分だけの「型」を見つけるまでの、静かで熱い生存の記録です。
冬栞 HuyuShiori
目次:日本美術の「検品」
第1部:完璧な機械と、納期という名の不協和音
- 1. ドイツ製OSの静かな威圧
- ハイデルベルクが体現する「正解」という暴力
- 機械の使い方は覚えたが、人間のルールに適応できなかった私
- 2. 不協和音の鳴り止まない現場
- 納期とパワハラ。精密な鉄の塊の横で、摩耗していく神経
- 印刷オペレーターを離れ、トムソン加工機(打ち抜き機)の影へ
- 3. 密教曼荼羅:平安時代のハイデルベルク
- 空海が持ち帰った「外来の完璧なシステム」としての美術
第2部:制約と反逆のテクスチャ
- 4. 制作現場の情念:巨大ロボットアニメの巨匠が抱えた葛藤
- 中島りも氏の視点から「過去の自分」を再定義する
- 現場の重圧が、宣伝用アニメを「異形の表現」へと変貌させる瞬間
- 5. 江戸の美術は「量産型アプリ」である
- 浮世絵を芸術としてではなく、ビジネスモデルとして解体する
- 6. 納期を食らって生きる、職人のふてぶてしさ
- 流行の速さに追い詰められながら、自らの情念をねじ込む技術
第3部:システムを打ち抜く「自分」という型
- 7. 「御免被る」の静かなプライド
- 江戸の職人が持っていた「嫌なものは嫌」と言い切る自律性
- 8. 伊藤若冲:ビジネスをクリアした男の亡命
- 商売の論理が届かない場所へ。40代で選んだ「隠居」という名の狂気
- 9. 検品の目が見つける、敗北者の勝利
- 工場の隅で手に入れた「観察眼」で、初めての血の通った表現を
【資料編】思考を支えた戦友たち
辻惟雄『日本美術の歴史』2005年12月 東京大学出版会
ちなみに補訂版もあります。
辻惟雄『日本美術の歴史補訂版』2021年4月 東京大学出版会
山下裕二、高岸輝監修『日本美術史 』2014年4月 美術出版社
正木晃『密教』2012年11月 筑摩書房
インスピレーションの源泉:中島りも(YouTubeチャンネル『セリフと演出から読み解く機動戦士ガンダム解説』https://www.youtube.com/@Limo_hrih)
