3.日本水墨画の特徴−日中文化比較
長谷川等伯と余白の美学
対する日本において、水墨画は中国とは異なる道を辿ります。中国の担い手が「現世利益」の体現者である文人(士大夫)であったのに対し、日本での受容と発展は禅僧によって担われました。彼らが追い求めた禅の思想、特に『般若心経』に説かれる「空の思想」{一切は空であり、形あるものは移り変わる。(色即是空、空即是色)}という無常観は、水墨画の技法に深く影響を与えていると考えられます。
余白が語る日本の哲学
日本水墨画の最大の特徴は、画面を埋め尽くすことを潔しとせず、「余白(間)」を積極的に活かした表現です。この「余白」は、単なる未完成を意味しません。それは、この世の現象や執着といった「有」を手放した先にある「無」を視覚化したものです。
この「余白」は、完璧な統治を望んだ中国の思想とは真逆の、不完全さや変化を受け入れる日本の諸行無常の思想を如実に反映していると思われます。中国哲学者が求めた「完全なる達成」に対し、日本思想が求めたのは「ありのままの受容」でした。
長谷川等伯の『松林図屏風』
この日本独自の美意識が結実したのが、安土桃山時代に活躍した長谷川等伯の『松林図屏風』(図版3)です。

長谷川等伯 松林図屏風(右隻)
16世紀末 6曲1双 紙本墨画
各156.8×356.0㎝
東京国立博物館
※当画像はパブリックドメインを使用。
北宋時代の山水画が、威圧的な主峰と緻密な筆致で「永遠の統治」を願ったのに対し、等伯の松林は薄墨のみで表現され、霧の中に消えゆくかのような儚さを持ちます。

長谷川等伯 松林図屏風(左隻)
16世紀末 6曲1双 紙本墨画
各156.8×356.0㎝
東京国立博物館
※当画像はパブリックドメインを使用。
遠影ではなく近影に松を大胆に配置することは中国では見られない構図ですが、これは、描き切らないことで『滅びゆく姿』を表現する、日本独自の特殊性である「余白」なのです。
この『松林図屏風』の余白こそ、私たちが情報や成果で心を埋め尽くす現代において、執着を手放し、心の平穏を取り戻すヒントを与えてくれると思います。