はじめに(緻密な中国画 vs 禅の余白:『現世利益』と『諸行無常』から読み解く日中思想 ー水墨画からたどる日中文化比較ー)


1. はじめに−現世利益と諸行無常 −

 近年、何かと話題になる中国と日本の関係ですが、その交流は遥か遠い過去、遣隋使や遣唐使の時代から続いています。中国から朝鮮半島を経由し、儒教や仏教、そして水墨画といった文化が大量に日本へと伝播しました。私たちは中国から数多くのことを学びましたが、こと思想においては、両国は根本的に異なる核を確立しました。その差異は現世観に端著に現れます。

中国の思想の核:「現世利益」

 中国は本質的に儒教社会を基盤としています。儒教は、この現実世界での秩序、達成、そして功績の追求に強い価値を置きます。その思想の核心は、「現世利益」への強い志向です。中国哲学者の加地伸行氏がその著書『儒教とは何か増補版』(2015年11月 中公新書)で指摘するように、中国思想の根底には「永遠の生命」への強い思いがあり、それを説明し得た宗教が儒教であり、中国人にとって死を論理的に表したのです。そのため、この世(現世)を最も価値ある場所と捉え、現実世界での幸福や栄達を徹底して追求します。この完全なる達成への願いは、当時の水墨画において、画面を埋め尽くすような緻密で壮大な描写として反映されていると私は考えます。

日本の思想の核:「諸行無常」と「受け入れの思想」

 対する日本において、その思想の核と思われるものが「諸行無常」です。 これは、仏教の無常観に、自然を神として崇める神道、そして伝来した儒教が複雑に入り混じり、日本独自の価値観として昇華されたものです。そこにあるのは、移り変わる自然との一体感、そして「ありのままを受け入れる」という哲学です。

本記事の目的

 本記事では、この中国の「現世利益」と日本の「諸行無常」という対比を、水墨画という具体的な美術を参照しながら掘り下げます。そして、この日本の思想に深く根付いた「自然との調和」の感覚が成果や情報で心を埋め尽くしがちな現代人にとって、心のゆとりを作りホッとするひとときを作るヒントとなれば幸いです。

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